よくある誤解

深川のよくある誤解——運河の名前、木場、辰巳芸者

似た名前の運河が多く、地名も産業も変化してきた深川では、思い込みが生まれやすい。

ここまで見てきた運河・産業・文化の記事を読み進めると、似た名前や紛らわしい変化に何度もぶつかる。最後に、読み違えやすい4点を整理しておく。

運河の名前が多すぎて、何が違うか分からない

このサイトだけでも小名木川・仙台堀川・古石場川・大横川・平久川・油堀川という6つの水路(跡)が出てくる。分かれ目は、現役か跡地か。小名木川・大横川・平久川は埋め立てられず今も水面が続く現役の川。仙台堀川・古石場川は水路の形を残したまま親水公園として整備され、油堀川は完全に埋め立てられて上に首都高速9号深川線が通っている。同じ「運河」でも、今そこで水を見られるか、遊歩道を歩くだけか、高架を見上げるだけかはこの3区分で決まる。

木場と新木場は同じ場所か

違う。「木場」は深川にある地名で、明暦の大火(1657年)後に材木業者が集まった元禄期以来の貯木場の跡地——今の木場公園・木場親水公園一帯を指す。「新木場」は江東区南部の別の地名で、地盤沈下や防災上の理由から材木業者が昭和40年代後半以降に移転した先である。木場という土地から材木業そのものが引っ越して「新」木場になった、という順序を覚えておくと混同しない。

深川めしは「ぶっかけ」が正しいか、「炊き込み」が正しいか

どちらも深川めしである。あさりとねぎを味噌や醤油ベースの出汁で煮て熱いご飯にかけた「ぶっかけ飯」が原形で、のちに陸で働く職人向けにあさりの出汁で米ごと炊き上げる「炊き込みご飯」の形が広まった。農林水産省「うちの郷土料理」も両方の調理法を深川めし(深川丼)として扱っている。2つの系統がある、というのが正確な理解になる(詳しくは「深川めしと、失われた干潟の記憶」の記事を参照)。

辰巳芸者は遊女だったのか

異なる。江戸城から見て南東(辰巳の方角)にあたる深川の花街で活動した芸者を指す呼び名で、「芸は売っても色は売らない」を信条とした点が特徴とされる。歌舞や三味線などの技芸を提供する存在であり、体を売る遊女とは区別される。男物の羽織を粋に着こなす姿でも知られ、深川の花街文化を象徴する存在だった。

出典

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