小名木川、今も流れる運河

埋め立てられず、開削から400年以上経った今も水面を保つ深川最古の運河。

深川の運河網の中で最も古く、そして唯一、埋め立てられずに今も現役で流れているのが小名木川である。

塩を運ぶための直線水路

小名木川は、隅田川と旧中川を東西に結ぶ、全長約5kmの運河だ。慶長年間(1596〜1615年)、小名木四郎兵衛が徳川家康の命を受けて開削したと伝えられている。目的は、行徳(現在の千葉県市川市)の塩田で作られた塩を、安全に江戸まで運ぶことだった。それまでの海上輸送は房総沖の荒波にさらされる危険な航路であり、内陸を貫く直線の水路を新たに掘ることで、安定した塩の供給路を確保したのである。

江戸時代の記録によれば、小名木川の川幅は隅田川に近い河口側でおよそ20間(約36m)、旧中川に近い側でおよそ14間(約25m)あった。現在の川幅もこれに近い規模を保っている。

なぜ埋め立てられなかったのか

仙台堀川や古石場川、油堀川が20世紀後半に次々と埋め立てられた一方、小名木川が今も水面を保っているのは、単なる偶然ではない。小名木川は塩の輸送路として始まったのちも、木材や日用品を運ぶ幹線水路として使われ続け、周辺の運河網を結びつける軸としての役割を保ち続けた。現在も水質浄化や防災(震災時の水上輸送路)の機能を期待され、一級河川として管理が続いている。

東京のパナマ運河、扇橋閘門

小名木川の途中、新扇橋と小松橋の間には「扇橋閘門」という水門施設がある。地盤沈下によって小名木川の東側と西側で水位に最大3mもの差ができてしまったため、パナマ運河と同じ原理で船を昇降させる閘門が設けられた。前後の扉に挟まれた幅11m、長さ110mの閘室に船を入れ、給排水で水位を約2分で調整してから反対側へ通す仕組みで、通航は無料、事前連絡も不要だ。夏休みには一般公開もされている。塩の運搬のために開かれた運河が、今は水位差という別の理由で特別な設備を必要としているという事実そのものが、400年におよぶ小名木川の使われ続けた歴史を物語っている。

現地で見られるもの

清澄白河の北側を東西に流れる小名木川沿いには遊歩道が整備されており、水面を間近に見ながら歩くことができる。小名木川はまた、次に紹介する採荼庵跡とも縁が深い。松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅に出た際、舟でこの川を下り、隅田川へ出たと伝えられているからだ。埋め立てられた運河の跡を巡る前に、今も生きている運河の姿を見ておくと、失われた水路の規模がより具体的に想像できる。

出典

← 記事一覧に戻る