産業・生業

仙台堀川と古石場川、親水公園に姿を変えた運河

運河そのものの幅とカーブが、そのまま公園の形になって残っている場所。

深川を歩いていて「なぜここだけ道がこんなに広いのか」「なぜ住宅街の中を緑地が蛇行しているのか」と感じたら、それは埋め立てられた運河が公園に転用された跡である可能性が高いです。

仙台堀川、都内最大級の親水公園

仙台堀川は、仙台藩をはじめとする諸藩の蔵屋敷へ米や物資を運んだ運河でした。江戸マップの深川絵図には、この水路が深川の中心部を東西に貫いている様子が描かれています。現在は東砂1丁目地先から東陽6丁目地先の大横川合流点までの区間が「仙台堀川親水公園」として整備されており、延長3.7km、面積10.4haという都内最大級の規模を持っています。運河が持っていた水面の幅をそのまま引き継いだ遊歩道と桜並木が続き、周囲の住宅地の区画が公園に対して斜めに向き合っているところもあり、道路として計画的に作られた土地ではないことが街区の形からも読み取れます。区間には崎川橋、亀久橋、海辺橋、清澄橋など、運河だった時代からの橋名を引き継いだ橋が今も点在しており、地名や橋の名前をたどるだけでも、かつての水路の位置を確認できます。

古石場川、カーブに残る水路の記憶

古石場川は、江戸城の築城に使う石を置いた「石置き場」に由来する地名の一帯を流れていた水路です。埋め立てられたあと「古石場川親水公園」となり、牡丹2丁目から古石場2丁目にかけて、延長0.8km、面積1.6haの規模で、住宅街の中を緩やかにS字を描きながら伸びています。道路を新しく作るだけなら生まれないこの蛇行こそが、かつて水が流れていた証拠です。水路には今も海水が入り込み、時季によってはアサリが見られることもあると伝えられています。

埋め立てや開園の正確な年について、江東区の公開情報や複数の記録の間で年数の食い違いが見られたため、ここでは「1980年代に整備された」という幅のある書き方に留めます。年号よりも、目の前にある土地の形そのものが運河の記憶を伝えているという点が、この2つの公園を歩く意味です。

運河のカーブがそのまま親水公園の遊歩道の形になった模式図 蛇行していた水路の形が、埋め立て後の親水公園の遊歩道の曲線としてそのまま残っている様子を示す模式図。 かつて(水路) 今(親水公園)
水路の蛇行は、道路として新しく作られたものではないため直線にならない。同じカーブが遊歩道の形として残る。
出典

← 記事一覧に戻る