仙台堀川と古石場川、親水公園に姿を変えた運河

運河そのものの幅とカーブが、そのまま公園の形になって残っている場所。

深川を歩いていて「なぜここだけ道がこんなに広いのか」「なぜ住宅街の中を緑地が蛇行しているのか」と感じたら、それは埋め立てられた運河が公園に転用された跡である可能性が高い。

仙台堀川は蔵屋敷への輸送路だった

仙台堀川は、仙台藩をはじめとする諸藩の蔵屋敷へ米や物資を運んだ運河だった。東側の区間は現在「仙台堀川親水公園」として整備されており、運河が持っていた水面の幅をそのまま引き継いだ遊歩道と桜並木が続く。周囲の住宅地の区画が公園に対して斜めに向き合っているところもあり、道路として計画的に作られた土地ではないことが街区の形からも読み取れる。

古石場川に残るカーブ、水路の記憶

古石場川は、江戸城の築城に使う石を置いた「石置き場」に由来する地名の一帯を流れていた水路である。埋め立てられたあと「古石場川親水公園」となり、牡丹2丁目から古石場2丁目にかけて、住宅街の中を緩やかにS字を描きながら伸びている。道路を新しく作るだけなら生まれないこの蛇行こそが、かつて水が流れていた証拠だ。

埋め立てや開園の正確な年について、江東区の公開情報や複数の記録の間で年数の食い違いが見られたため、ここでは「1980年代に整備された」という幅のある書き方に留める。年号よりも、目の前にある土地の形そのものが運河の記憶を伝えているという点が、この2つの公園を歩く意味である。

出典

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