地名の由来
「王子」という地名——熊野の神を勧請した土地
「岸村」だった土地が、若一王子を祀ったことで「王子」に変わった。
熊野から迎えた神の名が、土地の名になった
「王子」という地名は、鎌倉時代後期の元亨2年(1322年)、武蔵国豊島郡を治めていた豪族・豊島氏が、紀伊国(現在の和歌山県)の熊野本宮大社から「若一王子(にゃくいちおうじ)」の神霊を勧請し、社殿を再興したことに由来すると伝えられている。この勧請を機に、それまで「岸村」と呼ばれていた土地は「王子村」へと改称されたという。
若一王子を祀った社は、のちの王子神社である。地名が神社の名からそのまま付けられた例は各地にあるが、王子の場合はその神が遠く紀伊国の熊野から迎えられた神であるという点に特徴がある。
「岸村」の由来と、勧請以前の土地
それ以前の「岸村」という名は、かつて旧荒川(石神井川の下流部を含む)の入江が武蔵野台地の東端まで入り込んでおり、その「入江の岸」にあたる地形を指したという説がある。台地が低地へ落ち込む崖線には坂や滝が点在し、水と高低差のある土地だったことがうかがえる。
また、王子神社の社伝には、勧請より以前の康平年間(1058〜1065年)、前九年の役で奥州へ向かう源義家がこの地の高台で祈祷したという伝承もある。これが事実なら、1322年の勧請より前から、この土地は信仰や交通の拠点として何らかの意味を持っていた可能性がある。
決着していない改称の時期
地名の由来としてよく紹介される「元亨2年勧請、岸村から王子村へ改称」という説明には、留保が必要である。江戸時代に編まれた地誌『新編武蔵風土記稿』も、この勧請について「其の年歴は詳らかにせざれ」と記しており、改称が勧請と同時だったのか、時間を置いて定着していったのかを示す当時の一次文書は乏しい。本サイトでは、これを通説として紹介しつつ、確定した史実として断定はしない。
出典
- 複数の地誌・由緒紹介記事(元亨2年勧請・岸村からの改称という通説の一致を確認)
- 王子神社の由緒を紹介する複数記事(康平年間の源義家伝承)