よくある誤解
王子・滝野川・西ケ原、境界はどこにあるのか
飛鳥山公園がある町、北区の成り立ちにまつわる誤解を整理する。
王子・滝野川・西ケ原の境界は?
現在の北区は、昭和22年(1947年)3月15日に、旧王子区(王子・十条・赤羽・豊島など)と旧滝野川区(滝野川・西ケ原・田端・中里など)が統合して誕生した。江戸期の村落構造も、明治以降の町村制も、両区はもともと別々の行政単位だった。飛鳥山公園の所在地は王子一丁目だが、公園の南に接する西ケ原・滝野川は旧滝野川区にあたり、旧滝野川区の行政の中心はむしろ西ケ原にあったため、境界が曖昧に感じられやすい。ちなみに新区名の候補には「城北区」「京北区」「飛鳥山区」「赤羽区」もあったという。
地名は王子神社だけに由来する?
直接のきっかけは元亨2年(1322年)の若一王子勧請だが、それだけがすべてではない。勧請以前の「岸村」が示すとおり、この土地には台地が低地へ落ち込む崖・坂・滝という地形があり、熊野修験や水神信仰と結びつきやすい土地だった。江戸期に「王子両社」として将軍家の庇護を受けたことで、王子は広い参詣エリアを指す地名として定着していった。
出典
- 北区の行政区域統合史を紹介する複数記事(昭和22年の王子区・滝野川区統合)