社寺・信仰

王子神社・王子稲荷神社と、中世から続く王子田楽

「王子両社」と、今も奉納される中世様式の田楽舞。

王子両社と別当寺・金輪寺

王子神社と王子稲荷神社は、江戸期には合わせて「王子両社」と呼ばれ、将軍家の崇敬を受けた。両社の別当寺(神仏習合の時代に神社を管理した寺)を務めたのが金輪寺(岸町1丁目)である。金輪寺の社伝によれば、康平年間(1058〜1065年)に源義家が金輪仏頂の法を修したのが起こりとされ、慶長14年(1609年)には徳川秀忠が再興し、歴代将軍が参詣の折に休息する「王子御膳所」が置かれた。

金輪寺は幕末の火災で伽藍を焼失し、明治初年の神仏分離で一度廃寺となったが、塔頭の一つ「藤本坊」がその名跡を継承している。

中世様式を今に伝える王子田楽

王子神社の例大祭「王子神社槍祭」は毎年8月上旬に行われ、その中心にあるのが「王子田楽」である。花笠をかぶった子どもたちが小太鼓とササラを手に、笛の音に合わせて陣形を変えながら舞う、中世にさかのぼる様式の芸能とされる。北区指定無形民俗文化財に指定されている。

王子田楽は一時、戦時中の混乱で途絶えたが、昭和58年(1983年)に復興され、以後は地域の子どもたちによって受け継がれている。祭礼の期間中、田楽の奉納はおおむね午後遅くに行われ、花笠と鳴り物の音が境内に響く。中世の田楽が現存する例は全国的にも少なく、王子固有の芸能として貴重である。

出典
  • 北区観光協会公式サイト「王子神社例大祭(王子田楽)」
  • 複数媒体による王子田楽の沿革(昭和58年復興)の紹介記事
  • 金輪寺の由緒を紹介する複数記事

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