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谷中 焼け残った町は、東京都台東区谷中地区がなぜ戦前の木造家屋や寺町の景観を今も残しているのかを、関東大震災と東京大空襲の被害の境界線から読み解くサイトです。

谷中は単に運良く焼け残った町ではありません。寺院の集積という都市の作り、台地という地形、そして1945年の空襲の性質という複数の要因が重なった結果です。一方で谷中がまったくの無傷だったわけでもありません。1945年3月4日の空襲では、谷中小学校周辺の一角が現実に被害を受けています。このサイトでは、被災したエリアと焼け残ったエリアの両方を、同じ地区の中の出来事として紹介しています。

出典について

本文は、総務省、台東区公式、東京都公園協会、国立国会図書館レファレンス協同データベースが示す典拠資料など、公的機関の一次情報にもとづいて執筆しています。個人ブログや観光メディアにしか出典がない数値(谷中地区の戦災死者数の詳細な内訳など)は、公式資料で裏付けが取れなかったため本文には採用していません。