産業・生業
大横川、深川の運河網をつなぐ南北の軸
竪川・小名木川・仙台堀川・平久川と交差しながら流れる、埋め立てられなかった川。
深川の運河がすべて埋め立てられたわけではありません。木場の西側を流れる大横川は、小名木川と同じく今も水面を保ち、複数の運河をつなぐ軸として深川の水運を支えてきました。
複数の運河をつなぐ軸
大横川は、江戸城から見て横方向(南北)に流れることからその名がつきました。かつては流域によって「亥の堀川」「大島川」とも呼ばれていましたが、昭和40年(1965年)の河川法改正で「大横川」の名に統一されました。明暦の大火のあとの開拓事業で整備が進み、竪川、小名木川、仙台堀川、平久川といった複数の運河と交差しながら南北に流れる、深川の運河網をつなぐ軸のような存在です。東京都建設局によれば、北十間川から隅田川までの総延長は6.52kmにおよびます。
清澄通りをまたぐ黒船橋
門前仲町の交差点のすぐ南、清澄通りが大横川を渡る地点に架かるのが黒船橋です。橋長約30m、竣工は大正15年(1926年)と伝えられ、大横川に架かる橋の中でも歴史の古い一本です。地下鉄門前仲町駅から歩いて5分ほどの距離にあり、桜の時期にはこの橋の周辺から南側にかけて、川面と桜並木を一度に見渡せる景観が広がります。
桜と和船、今も生活に組み込まれた水面
門前仲町駅の南側、練兵衛橋から東富橋までの約1.3kmは、約270本のソメイヨシノが続く桜並木の区間で、枝が水面近くまで低く垂れ下がっているのが特徴です。江東区観光協会が毎年春に開催する「お江戸深川さくらまつり」では、土日を中心に船頭が櫓で漕ぐ和船が特別にこの区間へ運ばれ、三味線の音色とともに花見を楽しめる催しが行われています。水面近くから見上げる桜は、運河が今も生活や観光に組み込まれている様子を伝えています。
埋め立てられた運河との対比
仙台堀川や古石場川、油堀川は、いずれも埋め立てられて公園や高架道路に姿を変えました。一方で小名木川や大横川、そして大横川と交差する平久川は埋め立てられずに残りました。同じ深川の運河でありながら、一部は消えて土地の形にその記憶をとどめ、一部は今も水面のまま残っています。この違いを見比べることが、深川の水運の歴史を立体的に理解する手がかりになります。