古墳と古墳時代の基礎|いつ・どこに・なぜ造られたか
最終更新: 2026年6月24日
古墳は、土を盛って築かれた古代の墓である。三世紀の半ばから六世紀の後半にかけての約四百年間が、古墳時代と呼ばれる。
古墳とは何か
古墳は、土を高く盛り上げて築いた、古代の有力者の墓である。単なる墓にとどまらず、葬られた人の力や、それを継いだ後継者の地位を、目に見える形で示す装置でもあった。大きさや形は身分の序列とも結びついており、誰がどの形のどれだけの大きさの墓を築けるかには、一定の秩序があったと考えられている。
古墳時代はいつか
古墳時代は、三世紀の半ばから六世紀の後半まで、地域によっては七世紀まで続いた。前期、中期、後期と区分され、それぞれで墳形や埋葬施設、副葬品の性格が移り変わる。
分布は広い。北海道と東北北部、そして沖縄を除く、本州から九州にかけての各地に古墳が残されている。
全国にどれだけ残るか
文化庁の統計によれば、全国の古墳と横穴墓を合わせた数は、約十六万基にのぼる。
| 項目 | 数値(調査年) |
|---|---|
| 全国の古墳・横穴墓 | 約16万基(平成28年度の調査で159,623基) |
| 最も多い都道府県 | 兵庫県(約1万9千基) |
| 二番目に多い都道府県 | 鳥取県(約1万3千基) |
| 三番目に多い都道府県 | 京都府 |
この数は調査の年によって変わる。新たな発見で増えることも、消滅の確認で減ることもあるため、上の数値は調査年とあわせて見てほしい。文化庁の統計でも、令和三年度の調査では現存数が約十六万基とされ、年度ごとに増減がある。
なぜ各地に広がったか
古墳が列島の広い範囲に共通の設計で築かれた背景には、東アジアの動きと、大和を中心とする王権の形成がある。
朝鮮半島を通じて鉄器や技術がもたらされ、それを得る経路をめぐって各地の有力者が大和の王権と結びついた。王権への臣従や同盟を示すしるしとして、列島に共通する形式の古墳が各地に築かれていったと考えられている。古墳の形がもつ序列については 墳形と社会の秩序 で扱う。