古墳のかたち|前方後円墳と社会の序列

最終更新: 2026年6月24日

古墳にはいくつかの形がある。なかでも前方後円墳は最も格式の高い形とされ、その形を築けるかどうかが、葬られた人の地位を映していた。

五つの主な墳形

古墳の形は、おおまかに次のように分けられる。上から見たときの輪郭で見分ける。

前方後円墳前方後方墳円墳方墳帆立貝形

古墳の主な五つの形(模式図)。上から見た輪郭で見分ける。円と方形をつないだ鍵穴形が前方後円墳で、最も格式が高いとされる。帆立貝形は前方部が短い変形にあたる。

墳形上から見た輪郭
前方後円墳円と方形をつないだ鍵穴の形
前方後方墳方形と方形をつないだ形
円墳円形
方墳方形
帆立貝形古墳前方部が短く、帆立貝に似た形

このうち前方後円墳は、英語では鍵穴形の墓を意味する keyhole-shaped tomb と呼ばれる。

前方後円墳という名の由来

「前方後円」という呼び名は、古墳が築かれた当時のものではない。江戸時代後期の学者である蒲生君平が、著書『山陵志』のなかで名づけたものとされる。文化五年(一八〇八年)に刊行されたこの本で、蒲生君平は鍵穴形の古墳を中国の儀礼用の車になぞらえ、方形の側を前、円形の側を後ろと見立てた。

古墳の形が、車などの何かを模してつくられたという見方は、現在では否定的に受け止められている。古墳時代に、見立ての元になったような車があったわけではない。「前方後円」はあくまで後世の学者がつけた呼び名であり、当時の用途を表すものではない。前と後ろのどちらが正面かといった議論も残っている。

形が示した序列

墳形は、葬られた人の身分の序列と結びついていたと考えられている。最高の格式が前方後円墳で、以下、前方後方墳、円墳、方墳とおおまかな序列があったとされる。どの形を築けるかは、その人物が王権のなかでどの位置にいたかと関わっていた。

前方後円墳とその系統の墓は、全国におよそ五千基あるとされる。墳丘の長さが二百メートルを超えるような巨大なものになると、その多くが大和を中心とする畿内に集まる。大きな古墳ほど畿内に偏るという分布が、王権の中心がどこにあったかを物語っている。

帆立貝形という変形

帆立貝形古墳は、前方部が極端に短い、前方後円墳の変形である。完全な前方後円墳を築くことを許されなかった有力者が用いた形とする見方がある。宮崎県の西都原古墳群にある男狭穂塚は、国内最大級の帆立貝形古墳として知られる。

墳形とともに古墳の性格を決めたのが、内部の埋葬施設である。

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