現代の北マケドニア共和国と国名問題
最終更新: 2026年7月3日
20世紀、この地に一つの独立国が生まれた。しかし「マケドニア」という国名は、隣国ギリシャとのあいだに長い外交の問題を残した。
独立と国名問題
第二次世界大戦後、マケドニアの地はユーゴスラビア連邦を構成する共和国の一つとなった。1991年に連邦が解体するなかで、この共和国は独立を宣言した。大きな武力衝突をともなわない、比較的おだやかな独立だったとされる。
しかし新しい国が名乗った「マケドニア共和国」という国名は、ギリシャとの外交問題を引き起こした。ギリシャには同じ名を持つ地方があり、古代マケドニアの遺産をめぐる立場の違いもあって、両国は長く対立した。
プレスパ合意と改称
この問題は、2018年に両国が結んだプレスパ合意によって解決へ向かった。合意は2018年6月17日に署名され、国際連合の仲介のもとで進められた。
合意は2019年2月12日に発効し、国名は「北マケドニア共和国」へと改められた。これを受けてギリシャは反対の姿勢を解き、北マケドニアは2020年3月27日に北大西洋条約機構(NATO)の加盟国となった。ヨーロッパ連合(EU)への加盟に向けた歩みも続いている。
国土と社会
北マケドニアは、セルビア、コソボ、ブルガリア、ギリシャ、アルバニアに囲まれた内陸の国である。国土は山がちで、中央をヴァルダル川が北から南へと流れている。南西部には世界遺産に登録されたオフリド湖があり、古い町並みとともに知られる。最も高い山はコラプ山で、標高はおよそ2,764メートルである。首都スコピエは国の中央部に位置し、政治と経済の中心となっている。
| 項目 | 情報(目安) |
|---|---|
| 首都 | スコピエ |
| 面積 | 約25,713平方キロメートル |
| 人口 | およそ180万人 |
| 住民 | マケドニア人が多数、アルバニア人が最も大きな少数民族 |
人口や民族の割合などの統計は、調査の年や資料によって変わる。最新の数値は、各国政府や国際機関の公表資料でご確認いただきたい。