三遊亭圓朝と全生庵の幽霊画——怪談噺を支えた約50幅
「三遊派中興の祖」の墓所に伝わる、円山応挙らの幽霊画コレクション。
本名・出淵次郎吉(いずぶちじろきち)、初代三遊亭圓朝(天保10年/1839年〜明治33年/1900年)は、谷中の全生庵に墓所を持つ。師匠からの妨害を逃れるため他人が演じられない自作の新作を数多く手がけ、『真景累ヶ淵』『牡丹燈籠』『怪談乳房榎』などの人情噺・怪談噺で三遊派独自の芸を確立したことから「三遊派中興の祖」と呼ばれる。全生庵は、幕末から明治の政治家・山岡鉄舟が明治16年(1883年)に建立した寺で、圓朝は鉄舟に禅を学んだ縁からこの寺に墓所を構えた。
幽霊画コレクションと円朝忌
『真景累ヶ淵』などの怪談噺を創作するにあたり、圓朝は円山応挙や柴田是真、河鍋暁斎らの手による幽霊画を数多く収集していた。その約50幅のコレクションは、圓朝の命日にあたる8月11日の「円朝忌」を中心に、毎年8月1日から31日まで全生庵で虫干しを兼ねて特別公開されている。墓石に刻まれた「三遊亭円朝無舌居士」の文字は、同じく谷中ゆかりの山岡鉄舟の筆による。