谷中生姜と羽二重団子:「谷中」を名乗る名物の本当の産地

谷中生姜も羽二重団子も、実は台東区谷中の外で生まれた名物。

「谷中」を名乗る名物には、台東区谷中そのものではなく、隣接する荒川区で生まれたものが多くあります。

谷中生姜:本当の産地は荒川区西日暮里

谷中生姜は、江戸時代に「谷中本村」と呼ばれた地域で栽培された葉生姜です。谷中本村は現在の行政区分でいうと、台東区谷中ではなく荒川区西日暮里1〜2丁目付近にあたります。水が豊富で水はけがよく、西日が当たらない土地で育ち、筋が少なく香りが高いと評判で、お盆の贈答品にも使われました。江戸後期には、この地の特産品として広く知られていたとされています。

関東大震災後の市街地化で農地が大きく減り、戦前にはこの地での栽培は見られなくなりました。いま「谷中生姜」の名で出回る葉生姜の主な産地は千葉県や静岡県で、葉生姜全般をこう呼ぶこともあります。名前だけが残った形です。

羽二重団子:所在地は荒川区の「芋坂」

羽二重団子は、文政2年(1819年)に芋坂で「藤の木茶屋」として始まったとされる団子の老舗です。団子のきめ細かさが絹織物の羽二重のようだと評判になり、この名で呼ばれるようになったと伝わります。芋坂は現在の日暮里駅のそばにあたり、明治・大正期には多くの文士に愛されました。夏目漱石の『吾輩は猫である』には主人が芋坂の団子を食べて帰る場面があり、正岡子規も『仰臥漫録』に、間食として芋坂の団子を買いに行かせたと記しています。

芋坂は谷中霊園のすぐ北東に接しており、観光の回遊ルート上にあるため、谷中の名物として一体的に語られることが多くあります。ただし行政区分としては、谷中生姜も羽二重団子も、台東区谷中ではなく荒川区に属する場所で生まれた名物です。

谷中生姜と羽二重団子の比較表の図 谷中の名を持つ二つの名物が、どちらも台東区谷中ではなく荒川区で生まれたことを、場所・始まり・現在の三つの観点で並べた比較図。 谷中生姜 羽二重団子 場所荒川区西日暮里(旧・谷中本村)荒川区(日暮里駅そばの芋坂)始まり江戸時代に谷中本村で栽培1819年に藤の木茶屋を開くいま畑は消え、産地は千葉・静岡など漱石・子規の作品にも登場
どちらも台東区谷中の外、荒川区で生まれた名物です。「谷中」は地名より、この一帯の呼び名として使われています。
出典

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