焼け残ったエリアを歩く
谷中4丁目から6丁目、谷中霊園の周辺に今も残る戦前の町並み。
被災したエリアから少し歩くと、景色は一変する。谷中4丁目や6丁目、谷中霊園の周辺、そして谷中銀座となる一帯は、震災でも空襲でも壊滅的な延焼を免れ、戦前の木造家屋や寺町の景観が今も広く残っている。
谷中銀座、闇市を起源とする商店街
観光地として知られる谷中銀座商店街は、1945年ごろの戦後復興期に自然発生した闇市や露店群をルーツに持つ。全長約170メートルの通りに約60店舗が軒を連ね、当初は周辺住民の生活を支える近隣密着型の商店街だった。夕方に見える「夕やけだんだん」の景色が知られるようになったのは、平成期以降のことである。
寺院の境内に残る痕跡
この一帯には、明暦の大火のあと谷中へ移転してきた寺院が今も密集している。中には、境内の樹木や墓石に、隣接する低地の火災による輻射熱で変色した跡が残る寺もあると伝えられている。焼けなかった側にも、近くまで火が迫っていたことの記録が刻まれている。
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