チョークと黒板の歴史|寺子屋の塗板から緑の黒板まで
毎日見ている黒板とチョーク。実は「黒板が日本に来た日」も「黒い板が緑になった理由」も、ちゃんと記録が残っています。寺子屋の時代から現代まで、チョークと黒板の歴史の旅に出かけましょう。
黒板は明治のはじめにアメリカからやってきた。さいしょは本当に「黒い板」で、あとから緑色になったんだ。
黒板はどこから来た?
黒板のふるさとをたどると、海の向こうに行きつきます。全国黒板工業連盟の資料によると、黒板は 1810年にフランス人によってアメリカに伝えられた とされています。
一方そのころの日本(江戸時代)にも、黒板のご先祖さまがいました。塗板(ぬりいた) と呼ばれる板で、寺子屋などで使われていたといいます。「板に塗って、書く」という文化は、日本にも前からあったのです。
そして 1872年(明治5年)。日本で初めての学校制度(学制)のスタートと同時に、アメリカから「ブラックボード」がやってきます。持ち込んだのは、大学南校(いまの東京大学の前身)の教師だったアメリカ人の スコット。新しい学校教育の道具として、黒板はここから日本中に広まっていきました。
「一度に大勢へ教える」授業のかたちと黒板はセットで広まりました。黒板がなぜ教室の主役になれたのかは、チョーク vs ホワイトボード のページも参考になります。
「黒板」という名前のひみつ
「黒板」という名前は、英語の blackboard(ブラックボード)をそのまま翻訳したもの とされています。
つまり、当時の黒板は本当に「黒い板」でした。いまの教室の黒板は深い緑色なのに「黒板」と呼ぶのは、この名前が黒かった時代から受け継がれているからなのです。
国産黒板のはじまり
輸入された黒板は、まもなく日本でも作られるようになります。1874〜1876年(明治7〜9年)ごろ、初めての国産黒板が製造された とされています。
その作り方がなかなか面白く、簡易的なものとしては 墨汁を塗った上に柿渋(かきしぶ)を上塗りしたもの や、硫酸鉄と煎液を混ぜて塗ったものだったといいます。身近な材料を工夫して「書ける板」を作っていたのですね。
やがて黒板づくりは専門の仕事になっていきます。1896年(明治29年)には現存する老舗メーカーの馬印が創業し、1913年ごろには黒板の専業メーカーが現れたとされています。
明治〜昭和20年ごろの黒板の塗料には、生漆(きうるし)など日本の伝統的な材料も使われていたといいます(馬印の資料より)。
黒い板が緑になった日
「黒板なのに、どうして緑色なの?」――この素朴な疑問にも、歴史が答えてくれます。
馬印の資料によると、1950年代、JIS規格(日本の工業規格)の制定をきっかけに、黒板の塗面は黒から緑系へと変わった とされています。色は変わっても、「黒板」という名前はそのまま残りました。
黒板の体も進化を続けます。明治の黒板は杉板をカンナで仕上げたものでしたが、昭和20年代後半には合板、昭和30年代にはスチール(鋼板)下地が普及。いまでは ホーロー など、丈夫で長持ちする表面材が主流になっています。
チョークの日本史
黒板の相棒・チョークにも、日本での歩みがあります。馬印の資料によると――
| 年 | できごと |
|---|---|
| 明治6年(1873) | 大阪の雑貨商によりチョークが日本に初輸入 |
| 明治8年(1875) | 石膏を七輪で焼いた、初の国産白墨が完成 |
| 明治26年(1893) | 教師用チョークの発売がはじまる |
| 昭和12年(1937)ごろ | 炭酸カルシウム製チョークの国産化がはじまる |
最初の国産白墨が「七輪で石膏を焼いて」作られたというのは、なんとも手作り感のあるエピソードです。焼き石膏に水を混ぜると固まる性質は、チョークの作り方 で説明したとおり。現在の学校では、粉が舞いにくい炭酸カルシウム製の ダストレスチョーク が主流になっています。
名品として世界に知られた 羽衣チョーク も、この国産チョークの歴史の延長線上に生まれました。
まとめ
- 黒板は1810年ごろフランス→アメリカへ。日本へは 1872年(明治5)にスコットが大学南校へ 持ち込んだとされる。
- 「黒板」は blackboard の直訳。最初は本当に黒く、1950年代にJIS規格をきっかけに緑系へ。
- 国産黒板は明治7〜9年ごろ誕生(墨汁+柿渋)。チョークも明治6年輸入→明治8年国産化。
ふだん何気なく見ている教室の道具に、150年の歴史が詰まっています。
よくある質問
Q. 黒板はいつ日本に来たの?
A. 1872年(明治5年)、日本初の学校制度のスタートと同時に、大学南校(東京大学の前身)の教師だったアメリカ人のスコットが持ち込んだとされています。
Q. 緑色なのに、なぜ「黒板」と呼ぶの?
A. 英語の blackboard を直訳した名前で、はじめは本当に黒い板だったからです。1950年代にJIS規格の制定をきっかけに塗面が緑系に変わりましたが、名前はそのまま残りました。