古墳のよくある疑問
古墳についてよく寄せられる疑問に、各ページで扱った内容の要点で答えます。
かたちと名前の疑問
前方後円墳の「前」と「後ろ」はどちらですか。
方形の側を前方部、円形の側を後円部と呼びます。この呼び名は江戸時代の学者である蒲生君平が名づけたもので、古墳が築かれた当時のものではありません。どちらが本来の正面かについては、今も議論が残っています。くわしくは 墳形と社会秩序 を参照してください。
古墳はいつ造られたものですか。
三世紀の半ばから六世紀の後半、地域によっては七世紀までの約四百年間に築かれました。この時期を古墳時代といいます。
古墳の上に並んでいた埴輪とは何ですか。
埴輪は、古墳の墳丘や周囲に並べられた素焼きの土製品です。円筒形のものや、人・動物・家・道具をかたどったものがあり、墓を飾るとともに、聖なる区域を示す役割があったと考えられています。出土した埴輪は、近くの博物館や資料館で見られることが多くあります。
仁徳天皇陵の疑問
仁徳天皇陵古墳は、本当に仁徳天皇の墓ですか。
宮内庁は仁徳天皇の陵として治定し管理していますが、葬られた人物は考古学的には確定していません。築造の年代が日本書紀の伝える在位の時期と合わないとする指摘もあります。本サイトはどちらかに断定せず、両方の見方があるものとして扱います。くわしくは 仁徳天皇陵古墳 を参照してください。
仁徳天皇陵古墳は見学できますか。
陵墓として宮内庁が管理しているため、墳丘には立ち入れません。拝所から望む形になります。見学できる古墳との違いは 古墳の訪ね方 で扱います。
大きさの疑問
仁徳天皇陵古墳とピラミッドでは、どちらが大きいですか。
何で測るかによって変わります。高さではクフ王のピラミッドが、体積では秦の始皇帝陵が、平面の全長では仁徳天皇陵古墳が最大とされています。くわしくは 世界三大墳墓の規模くらべ を参照してください。
古墳は全国にどれくらいありますか。
文化庁の統計では、古墳と横穴墓を合わせて約十六万基とされています。最も多いのは兵庫県で、次いで鳥取県が多くあります。数は調査の年によって変わります。
本サイトの記述は、文化庁や堺市、宮内庁、長野県埋蔵文化財センターなどの公開情報をもとに、運営者が自分の言葉でまとめたものです。年代や被葬者には諸説や未確定のものがあり、数値は調査年で変わります。くわしくは各ページの「参考にした情報源」もあわせて確認してください。