瑞輪寺:家康の学問師範が開いた寺
日本橋馬喰町から移った、江戸十祖師の一つ。
家康の学問師範が開いた寺
瑞輪寺は、天正19年(1591年)に徳川家康の学問師範だった慈雲院日新上人が、身延山久遠寺の布教所として日本橋馬喰町に開いた寺です。のち神田へ移り、慶安2年(1649年)に谷中の現在地で再建されました。江戸十祖師の一つに数えられます。
大久保家の墓所と八角井戸
境内の大久保家の墓所の近くには、天保6年(1835年)に子孫が先祖の業績をたたえて建てた八角形の井戸があると紹介されています。
創建を支えた大久保家
瑞輪寺の創建を外護したのは大久保家で、資料によって人名は大久保治右衛門、大久保主水と食い違います。水道史の資料には、家康の命を受けた家臣の大久保藤五郎が江戸最初の水道である小石川上水を造ったと「いわれる」とありますが、この人物と瑞輪寺の墓所との関係は、本サイトでは確認できていません。そのため、菓子職人だったという伝承なども含め、人物像は断定しないことにします。谷中の寺町を歩くと、天王寺と並んで、江戸初期からの由緒をたどれる寺の一つです。