亀戸香取神社|「勝矢」と勝運・スポーツ振興の社
亀戸には「武」と「文」、二つの性格の異なる社が並び立っています。そのうち「武」を担うのが亀戸香取神社です。勝利を願う「勝矢(かちや)」の故事を起源に、武人やアスリートの崇敬を集めてきた、勝運の聖地としての歩みをたどります。
勝運の社・亀戸香取神社
亀戸香取神社は、亀戸の地に古くからまつられてきた社です。社伝によれば、その創建は天智天皇4年(665年)にさかのぼり、武の神をまつる起源を持つと伝えられています。
創建年(665年)や創建にまつわる由緒は社伝として伝わるもので、史料で確定した年代ではありません。古社の創建にはこうした伝承が多く、ここでは「社伝によれば」として紹介します。
「勝矢」の故事
香取神社が「勝運の社」として知られるようになった背景には、神社の公式に伝わる「勝矢(かちや)」の故事があります。
平安時代なかば、関東で平将門(たいらのまさかど)の乱が起こったとき、これを鎮めるために派遣された武将俵藤太秀郷(たわらのとうた・ひでさと)が、この香取神社に参拝して戦勝を祈願しました。やがて乱はみごとに平定され、秀郷は神への感謝のしるしとして弓矢を奉納し、これを「勝矢」と名づけたと伝えられています。
この故事にちなみ、香取神社では現在も、毎年5月5日に「勝矢祭」が行われ、甲冑や装束を身につけた武者の行列が町をねり歩きます。
「勝矢」という縁起のよい言葉が、のちの「勝運(しょううん)の神」「勝負ごとの神」としての信仰につながっていきました。
武人からアスリートへ
「勝矢」の故事を持つ香取神社は、時代を超えて、勝負に身を置く人々の崇敬を集めてきました。神社の公式によれば、歴代の天皇をはじめ、源頼朝・徳川家康といった武将、さらに剣豪として知られる塚原卜伝(つかはらぼくでん)・千葉周作(ちばしゅうさく)ら多くの武道家が、篤い信仰を寄せたと伝えられています。
そして現代では、香取神社は「スポーツ振興の神」として親しまれています。大会や試合での勝利を願って、さまざまな競技のアスリートや、勝負を控えた人々が参拝に訪れる、勝運祈願の社となっています。
香取神社と天神社の比較
亀戸には香取神社(武)と天神社(文)が並び立っています。性格の異なる二社を見比べると、亀戸の信仰の幅広さがよく分かります。
| 亀戸香取神社 | 亀戸天神社 | |
|---|---|---|
| 性格 | 武(勝運・勝負ごと) | 文(学問・芸術) |
| 由緒の核 | 勝矢の故事(将門の乱の平定) | 太宰府天満宮の天神(菅原道真)を勧請 |
| おもな信仰 | 勝運・スポーツ振興 | 学問成就・合格祈願 |
| 代表的な行事 | 勝矢祭(5月5日) | うそ替え神事(1月24・25日)・藤まつり |
香取神社は亀戸大根とも縁が深く、神社の周辺で栽培が始まった亀戸大根を奉納する「福分けまつり」が、毎年3月にこの神社で行われています。
まとめ
- 亀戸香取神社は「武」「勝運」を担う社で、創建は社伝によれば665年
- 平将門の乱の平定にちなむ「勝矢」の故事が、勝運信仰の起源
- 武将・剣豪の崇敬を経て、現在は「スポーツ振興の神」として親しまれる