亀戸の歴史年表|低地の開発から門前町・下町への歩み

最終更新: 2026年6月22日

亀戸の町は、川がはこんだ土が積もってできた低地に、人々が暮らしと信仰を重ねてきた土地です。古い社伝から江戸の門前町としての繁栄、そして名物や浮世絵が生まれるまで——亀戸の歴史を年表でざっと見渡してみましょう。

亀戸の歴史の大きな流れ

亀戸の歴史は、おおまかに三つの段階で捉えると分かりやすくなります。

  1. 低地に芽生えた古い信仰:川の河口の砂州だった一帯に、武の神をまつる香取神社の信仰が芽生えます(創建年は社伝による)。
  2. 江戸の門前町としての発展:明暦の大火(1657年)後の江戸の都市づくりのなかで、天神社が現在の地に整えられ、梅や藤の名所として多くの人を集める行楽地・門前町へと発展しました。
  3. 下町の名物と文化の成熟:門前のにぎわいを背景に、船橋屋のくず餅が生まれ、近郊の畑では亀戸大根が育てられ、歌川広重の浮世絵が亀戸の風景を後世に伝えました。

年表でたどる亀戸

おもな出来事を年表にまとめました。年代には社伝・伝承によるものも含まれるため、目安としてご覧ください。

時期おもな出来事
天智天皇4年(665年)※社伝亀戸香取神社の創建と伝わる(社伝による)
天慶年間(10世紀なかば)平将門の乱の平定にちなむ「勝矢」の故事(香取神社)
正保3年(1646年)太宰府の神官・菅原大鳥居信祐が天神像を奉じて諸国を巡り、亀戸の祠にまつる
明暦3年(1657年)明暦の大火。江戸の復興のなかで亀戸一帯も町づくりが進む
寛文2年(1662年)亀戸天神社が現在地に社殿・心字池・太鼓橋を整える(正遷宮)
18世紀(享保年間ごろ)梅の名所「梅屋敷」がにぎわい、8代将軍徳川吉宗も訪れたと伝わる
文化2年(1805年)船橋屋が亀戸天神門前で創業(くず餅)
安政4年(1857年)歌川広重『名所江戸百景』に亀戸の梅屋敷・天神境内が描かれる
文久年間(1860〜64年ごろ)香取神社周辺で亀戸大根の栽培が始まる
明治6年(1873年)亀戸天神社が東京府社となり「亀戸神社」と称する
昭和11年(1936年)「亀戸天神社」へ改称し、現在に至る

それぞれの出来事は、香取神社天神社亀戸大根くず餅浮世絵 の各ページで詳しく扱います。

年代の見方について

上の年表のうち、香取神社の創建年(665年)は社伝(神社に伝わる由緒)によるもので、史料で確定した年代ではありません。古い神社の創建年は伝承であることが多いため、本サイトでは「社伝によれば」と明記して紹介しています。

いっぽう、天神社の正遷宮(1662年)や船橋屋の創業(1805年)、広重の作品(1857年)などは、神社・店舗・美術館の記録にもとづく、比較的たしかな年代です。

まとめ

  • 亀戸の歴史は「古い信仰 → 江戸の門前町 → 下町の名物・文化」という流れで捉えられる
  • 香取神社の創建は社伝、天神社の正遷宮(1662年)以降は記録の残る出来事が多い
  • 名物(くず餅・亀戸大根)と浮世絵は、門前町のにぎわいを背景に生まれた

← トップへ戻る