亀戸とホルモン文化|「ホルモンの聖地」と呼ばれる下町の焼き肉

最終更新: 2026年9月20日

亀戸の名物といえば、亀戸大根や船橋屋のくず餅のような、江戸時代から続く味を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかしこの町にはもうひとつ、平成以降に育った名物があります。駅の周りにひしめく、ホルモン・もつ焼きの店です。

「ホルモンの聖地」と呼ばれる亀戸

亀戸駅の周辺には、ホルモン・もつ焼きを専門にする店が数多く集まっています。旅行情報サイト「じゃらんニュース」の記事によれば、駅周辺エリアだけで10軒以上のホルモン専門店が建ち並んでいるとされ、この密集ぶりから亀戸は「ホルモンの聖地」と呼ばれるようになりました。

本サイトで確認できた記事は、いずれも旅行・グルメ系のメディアによるもので、店舗数や集積の度合いを裏づける行政統計などの一次資料は見つかりませんでした。ここでは、各メディアが伝える内容を「〜と紹介されている」という形で扱います。

集積の理由をめぐる説

なぜ亀戸にこれほどホルモン店が集まったのでしょうか。じゃらんニュースの記事は、皮革製品や食肉加工・販売業者の多い墨田区に近く、良質なホルモンを安く入手しやすかったためという説を紹介しつつ、同時に「諸説あり、はっきりしていません」とも明記しています。地域情報サイト「KOTOHARE」の記事も、隣接する墨田区の皮革産業(内臓は食肉処理の副産物にあたります)との近さを集積の一因として挙げていますが、これも記事内の説明であって、行政資料などによる裏づけは確認できていません。

「皮革産業に近いからホルモンが集まった」という説明は複数のメディアで共通して見られますが、本サイトが確認できた範囲では、いずれも記事内の推測にとどまり、一次資料による裏づけは取れていません。話がつながって見える説明ほど、実は飛躍を含むことがあります。ここでは「そういう説がある」という事実として紹介するにとどめます。

「亀戸」を名乗った一軒の店

集積の背景とは別に、地域情報サイト「KOTOHARE」は、2000年に創業したという店「亀戸ホルモン」について触れています。記事によれば、創業者は「亀戸食堂」や「亀戸ぎょうざ」のように町の名を冠した飲食店はあっても、ホルモン店には無いことに着目し、店名に「亀戸」を掲げたとされています。この店の成功をきっかけに、周辺で競い合うようにホルモン店が増えていった、という見立ても記事では語られています。

この創業の経緯は、店の公式サイトでは確認できず、地域メディアの記事のみを情報源としています。年や人物名を含む具体的なエピソードのため、確定した事実としてではなく「そう伝えられている」ものとして紹介します。

亀戸ぎょうざ も、注文できるのは餃子のみという独自の作法で知られる、町の名を冠した老舗です。ホルモン店の集積は、こうした「町の名を店名にする」下町の気風とも重なっています。

亀戸の名物、三つの時代

亀戸には、生まれた時代がまったく異なる名物が並んでいます。

名物はじまり原料・分野
亀戸大根文久年間(1860年代ごろ)江戸東京野菜(在来種の大根)
船橋屋のくず餅文化2年(1805年)小麦でんぷんの発酵和菓子
ホルモン・もつ焼き平成以降(2000年創業と伝わる店も)食肉の内臓を使う焼き物

江戸時代の野菜や和菓子と、平成以降に育ったホルモン店。生まれた時代はまったく違いますが、どちらも「この町ならではの味」として、今の亀戸を形づくっています。

まとめ

  • 亀戸駅周辺には10軒以上のホルモン・もつ焼き専門店が集まり、「ホルモンの聖地」と呼ばれている(じゃらんニュース)
  • 集積の理由は「皮革産業の集積地・墨田区に近いため」という説が複数のメディアで紹介されているが、一次資料での裏づけは確認できていない
  • 2000年創業と伝わる「亀戸ホルモン」が町の名を店名に掲げたことが、集積のきっかけの一つとして語られている(未確認のエピソード)
  • 亀戸大根・くず餅(江戸期)とホルモン(平成以降)は、生まれた時代の異なる名物として並び立つ

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