深川の歴史と文化ガイド
東京都江東区深川の歴史と文化を一次資料でまとめる。地名の由来、運河網の形成、松尾芭蕉、富岡八幡宮、深川めしまで。
地名の由来
- 「深川」という地名:家康に姓を差し出した男の話
摂津から来た深川八郎右衛門の姓が、そのまま村の名前になった経緯。
通史
- 深川はどうやってできたか
干潟だった土地が、運河が張り巡らされた水運都市に変わるまで。
社寺・信仰
- 富岡八幡宮に残る勧進相撲と伊能忠敬の記憶
和倉橋跡のすぐ南、油堀川と隣り合って400年近くこの地にある神社。
名物・食
- 深川めしと、失われた干潟の記憶
運河だけでなく、東京湾の干潟も深川の暮らしを形づくっていました。
産業・生業
- 小名木川、今も流れる運河
埋め立てられず、開削から400年以上経った今も水面を保つ深川最古の運河。 - 仙台堀川と古石場川、親水公園に姿を変えた運河
運河そのものの幅とカーブが、そのまま公園の形になって残っている場所。 - 油堀川跡と首都高速9号深川線、高架の下に残る川幅
別名「十五間川」、幅28mの運河が、そのまま高架の川幅として残っています。 - 大横川、深川の運河網をつなぐ南北の軸
竪川・小名木川・仙台堀川・平久川と交差しながら流れる、埋め立てられなかった川。 - 平久川、新田開発の名残を伝える名前
埋め残された水路に、震災復興期の橋が架かる。木場の西を流れるもう一本の川。 - 木場の移り変わり、貯木場から防災公園へ
江戸の建築需要を支えた材木の集積地は、なぜ緑地に変わったのか。
文化・文学・芸能
- 松尾芭蕉が「おくのほそ道」へ出発した採荼庵
小名木川を舟で下って旅立った、芭蕉庵ではなく採荼庵という別の庵。
見どころ
- 深川江戸資料館に見る、水路に面した町の暮らし
運河がまだ生きていた頃、人と物資はどう行き交っていたのか。
よくある誤解
- 深川のよくある誤解:運河の名前、木場、辰巳芸者
似た名前の運河が多く、地名も産業も変化してきた深川では、思い込みが生まれやすくなります。